練習会・初参加

肺が張り裂ける。
ハムストリングはさっきから悲鳴を上げている。ケイデンスは100を超えたあたりから見るのをやめた。メータの読みは40km/h近辺をうろうろしっぱなしで、風圧の壁が分厚く僕とクラインの前に立ちはだかる。でも、どれだけペダルを踏みつけても、どれだけ歯を食いしばっても、僕の視界の遥か先にある、あの青い影は一向に近づかない。あれは幻じゃないのか、本当に人間なのか。だけど、クラインのハンドルバーに取り付けられた、ロードバイクにあるまじき通勤仕様のバックミラーにちらちらと写るTT仕様のヘルメットが、これは現実だと教えてくれる。今僕は、二人がかりで遥か彼方の視界からすら消えうせんとするあの影を追っているのだ。
そもそもなぜ僕はこんなことをしているのだ。
ロードバイクに乗り始めて三ヶ月。自転車通勤を続けて、ある程度距離に対する自信はついたものの集団走行の経験もなく、ましてレースなど。僕には遠く遠く縁遠い世界。そう思っていた。そんなある日、あるお方のブログで、レースに参加する仲間を募集しているのを発見してしまった。
レース。
なんて魅惑的な響きだろう。
日々の通勤ではそこそこのスピードで川原沿いのCRを駆け抜けている自負はあるが、悲しいかな、所詮一人相撲。自転車乗りという大きな大きな集団の中で、いったい自分がどの程度のポジションにつけているのかは、まったくの未知数。一度は自分の実力を試したくなるのが人情というものだ。気が付けば参加表明のコメントをしていた。コメントしてから気が付いたが、僕は一度も集団走行をしたことがない。いや、正確に言えばポタリング的な走行会には参加したことはあるが、レーススピードでの集団走行というもの経験をした事がない。これは・・まずい。いかにもまずい。素人がレースに参加して落車でもしたら目も当てられない。幸い私が日頃お世話になっているサイクルショップでは、週末毎に練習会を開催していたので、今まで敬遠していたのだけれど、参加申し込みをしてみる事にした。そこからとんとんと話が進み、気が付けば冒頭の状況になっていた。
風圧に涙目になりながら考える。こんなスピードはもう数秒が限界だ。これは無茶な無酸素運動だ。

39...38..僕の意思に逆らって少しずつ足の回転が鈍る。スピードが落ちる。ここまでなのかな。あの影には結局届かないのか。
37...36...
その時、僕の後ろからTT仕様の黄色いロードが飛び出す。考えるプロセスをすっ飛ばして、とにかくペダルを踏む。くらいつく。前を行く自転車の影に入ると、スピードはむしろ上がっているにも関わらず体への負荷が一気に下がる。37,8kmで走行しているにもかかわらず、感覚的には30kmくらいで流している感じだ。
ドラフティング効果というやつだ。実は通勤中、少しでも楽したいがために、よく車の後ろについて走っている。追いつくまでは大変だが、一旦車の後ろに張付いてしまえば、40km台でも楽に走れてしまう。麻薬的、悪魔的な効果だ。もちろんそんなスピードで車と一緒に走ることはとても危険を伴うので多様は禁物である。
さて、通勤ではドラフティングを満喫している僕ではあったが、自転車のような細く小さな機材の影にどの程度の効果があるものかと、本日までは疑問視していた。僕は自分の浅薄さを恥じる。これは自転車であってもものすごい効果だ。すっかりあがった息をできる限り整え、なるべく体を小さくし、前を走る自転車にピタリと張付く。少しずつ体に力が戻ってくる。無酸素運動に悲鳴を上げていた体がじわりじわりと回復しているのだ。しばらく後、前を走る方が、右手を斜め下に突き出して、チョイチョイと指を振る。
雑誌で読んで知っているぞ。これは先頭交代の合図だ。
僕は体に残ったカロリーをかき集め、クランクを気合で回す。先頭に飛び出した僕には、もう40km/hを維持する体力はなかったけれど、それでも37,8km/hでなんとか二両編成のささやかな列車を引っ張る。二人ならまだいける。追いかけられる。先頭遥か先をつっぱしる影は一向に近づかないけれど、消えうせることもない。こちらが若干減速しているというのに、離れないということは・・・向こうも疲れているということだ!
もう疲労はピークだけど、つらいのは一緒。同じ人間だ。ここで勝負を、この練習会という名のレースを、降りるわけにはいかない。
長く辛い、だけどエキサイティングな旅が始まった。
本気で走った区間はおそらく10数キロだと思う。日頃走っている距離からすれば、けして長すぎる距離ではない。だけどとにかくつらかった。気楽な独り旅では絶対出し得ない速度と負荷でひたすら、ただひたすらクランクを回し続ける。前の影が近づくこともあれば、離れる時もあった。そうやって時折先頭交代しながら10キロ程度を走り続けたと思う。結局、決定的に追いつくチャンスを得られないまま、ついに信号に捕まってしまう。
前の影は一気に地平線の彼方に消えていってしまった。
ジ・エンド。
僕の初練習会。いや、初レースはここで幕を閉じた。
初めてそのコースを走る僕には知る由もないことだけれど、実はそのポイントはゴールまであと1,2kmのポイントだった。もし、あそこで信号に捕まらなければ・・・僕がもっともっと強ければ・・・。
いや、言うまい。全ては過ぎたこと。そして本番はこれからだ。実はあまりにも練習会に興奮してしまったため、勢いあまって1月4日に開催されるレースに申し込みをしてしまった。あの興奮を今一度である。僕はきっと次のレースに繋がっているはずのこの道を、疲労でヘロヘロではあったけれど、自分的には力強く漕ぎ出した。


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あとから聞いた話ですが、私をはるかにぶっちぎったそのお方は、ツール・ド・北海道の市民の部で優勝の経験もあるとのこと。そりゃーーー速いはずです!そして私と一緒にその方を追いかけた方は、50を過ぎた方。ヘルメットとアイウェアを脱いだ顔に衝撃を受けました。ずっと同年代の方だと思っていましたよ・・。そして皆さん、通常の練習の後も、さらに100km走りに消えて行きました。トライアスリートの方もいらっしゃったようで、さらにその後ランニング、スイムも行っていたようです。すみません、同じ人間じゃありませんでした。良い勝負をしていたと思っていたのは私だけで、お釈迦様の手のひらの上で遊ばされていただけのようです。でも、良い目標ができました。次こそはあの影についていくぞ!

練習会の記録
110.53km 4h08m 26.7km/h 74rpm

12月の走行記録はこちら

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