ツインリンクもてぎ100kmサイクルマラソン

  • その1:嵐の前の静けさ

その日、僕はツインリンクもてぎのスタートグリットに並んでいた。車やバイクじゃない。どちらも僕には似合わない。もちろん自転車に跨って、だ。(似合うかどうかはおいといて)
ポジションはほぼ最後方で、僕の前には千人に少し足りないくらいの自転車と人がスタートの時を待っている。はっきり言ってものすごい数だ。これだけの自転車と自転車乗りを、僕は今まで見たことがない。心なしかどの後姿もものすごく速そうに見える。それぞれのパートナーとなる自転車は、速そうというのもあるが、値段が気になって仕方がないほど高そうなのもたくさん見える。
オルベアオルカにレコードなんて生で見たのは初めてだ。雑誌の中だけに存在している訳じゃないんだね。タイムのフレームはそれこそサンマのようにゴロゴロ並んでいる。
落ち着け、自分。自転車の速さは機材だけじゃ決まらない。肝心なのはエンジンであるこの僕だ。日頃自転車通勤で鍛えたこの足だ。
僕は無意識に年末28日からまったくペダルを漕いでいない足をマッサージし、年始年末の宴で若干、そうベルトの穴ひとつ分ほどの若干脂肪を蓄えた、ふくよかなお腹をさすった。僕はレース前の興奮とは裏腹に少しだけボーっとした頭に目をこすった。
実は若干睡眠不足だった。
家を出てきたのは朝4時。でも夜更かししたのではない。昨日は8時に寝た。しかし、初レースの興奮ゆえか1時すぎになぜか目が覚めるともう寝れない。枕にかじりつこうと目は閉じない。数えた羊も無駄だった。しょうがないので、昨日は遠足前の小学生よろしく一晩中、荷物(パオパオジャージ)の確認をしていたのだった。

いやいや、マイナス思考はいけない。スタート前からそんなんでどうする。誰だって多かれ少なかれ準備不足はあるはずだ。(たぶん)


見上げれば、スタートライン上の電光掲示板はスタートまでのカウントダウンを開始している。
思わず固唾を飲んで見守る。
あと数分・・・。


千人近い人が居るというのに、その数瞬奇跡のような静けさが全員の上に訪れる。
あと数秒・・・。


ランプがレッドからグリーンに変わり、号砲とともについにその時が来た!
僕はしっかりとペダルを踏みつけ・・・れなかった。
それはそうだ。僕の前には千人の人波が並ぶ。全員が同時にはスタートできない。

ともかく今日の目標は無事に帰ること。そして自転車レースというものをしっかりと体験することだ。
落車したり、怪我したりしたら、相方の大目玉が待っている。
自分を失わず、舞い上がらず、とにもかくにも着実に。

僕は、もう一度深呼吸し、いまか、いまかと車列が動き出すその時をじっと待っていた。


  • その2:集団走行の恐怖

レースの丁度半分を消化した頃、僕は大集団の中でクランクを回していた。規模はおそらく百人程度。道幅全体に広がった列車は、40km程度の速度で巡航している。恐るべし、集団の力。これだけの速度で走っているにも関わらずまったく疲労感がない。むしろもう少し速度が上がってくれないかと(傲慢だ!)考える余裕さえあった。
集団が奏でるラチェット音の大合唱を聞きながら、持参したウィダーインゼリーを胃に流し込む。
僕はペダルを踏みながら、ラスト1週まで集団の中で走り、最後にスプリントすれば結構いい線行くんじゃないかと、皮算用に余念がなかった。

その時、突然事件は起きた。

サーキット内のほんの少しだけ存在する登りに差し掛かった時だ。突然前方で悲鳴と金属音が響く。

落車だ!
数名が巻き込まれて転倒する。幸いにも大惨事には至らなかったようで、こけた人はすぐ立ち上がりペコっと頭を下げていた。
今回は巻き込まれなかったけれど、もし僕の目の前で落車が起きたら・・・、いやそもそも落車したのが自分だったら・・
そう思うと、なかなかに考えさせられるアクシデントだった。そういえば、集団内でダンシングをしていた人を、大声でたしなめていた人が居た。やはり周りを巻き込む危険が高まるからだったのだろうか。集団走行は楽だけど、危険もいっぱいだ。気をつけて走らねばならない。

気を引き締めてペダルを踏み出した時、大きな問題がある事に気が付いた。
集団から引き離されている!
落車ポイントを中心に中切れ状態になった集団前半分は、当然ながらそのままのスピードを維持しながら僕の足が届く範囲から消えつつあった。
やばい。40km台で走り続けれたのは集団の力あってこそだ。
皮算用とはだいぶ変ってしまうが、ともかく追いつかねば。が、速度が出ない。さっきまではあれほど楽に出ていた40kmが出ない。せいぜい37,8kmだ。
列車を組もうにも、速度が合う人は周りに居ない。結局、2週くらい一人旅を続けただろうか。結局集団には追いつけないまま足だけが売り切れ状態に近づいていた。速度は30km前半にまで落ち、上り坂に入れば20数キロの惨憺たるありさま。
わかってはいたが、集団の力は本当にものすごい。プロならば個人の力で、集団に打ち勝つのだろうけれど、残念ながら僕には届きそうにない。プロの凄さを思い知るとともに、自分のか弱さを思い知る。
ごめん、ペペ。
パオパオジャージ着てるのにやっぱり君みたいには走れない。


その時、僕の右側を列車が追い抜いていった。5,6人構成だろうか。37,8kmで走っている。いいぞ。速度域が合う。すかさず最後尾に連結する。しばらく後、交代して先頭も牽く。捨てる神、いや捨てる列車あれば、拾う列車あり。少々計算は狂ったけれど、まだまだ走れそうだ。
それにしても自転車レースは、列車レースと言ってもいい位、集団走行がキーとなるようだ。これは走ってみなければわからない。まさに生きた学習。勉強になる。

僕はあと残り20km程度となったレースを走りきるべくボトルに手を伸ばした。


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