その2 果てしないサバンナ


昼も過ぎ日が傾きつつある頃、僕は独りで海岸沿いの道を駆けていた。
きまぐれに強さを変える向かい風にいたぶられながら、ただひたすらにクランクを回す。思えば今日はずっと向かい風の中を走っている気がする。

金谷で一旦リセットしたメーターも再び100kmを超え、もう後1時間もすれば200kmに届く勢いだ。僕が一日で走った最長距離は、東京湾を一周した時の280kmだからそろそろ未知の領域に突入する事になる。
通勤のときは敵とばかり思っていた赤信号が、だんだん救世主に見えてくるから不思議だ。神様、仏様、信号機様、あわれな自転車乗りにわずかばかりの休息をお与えください。だけど神は容赦なく、あと一息というところで信号は安息の赤から無常の青に変わる。あんまりだ。変わるならせめて減速する前にしてくれ。ため息ひとつついて、よっこらしょとペダルを踏み込む。次の信号はまだ視界にすら入らない。ちょっと千葉は信号が少なすぎなんじゃないだろうか。普段とは真逆の愚痴をこぼしながら独りぼっちの旅を続ける。



なんどか試練にさらされた後、僕は緑地に橙で数字が書かれた看板を誇らしげに掲げるオアシスによろよろと倒れこむ。足は限界。ボトルはそろそろ空。お腹はさらにすっからかんだ。クーラーが効いた店内で、Lサイズのカップヌードルウィダーインゼリー、1リットルの紙パックをわしづかむ。残った力で会計を済ませると、僕は店の外に座り込んだ。まるでコンビニにたむろする若者のようだが、ここは大目に見てもらいたい。

太陽にあぶられながら、盛大な勢いで麺をすすっていると、目の前の道路をものすごい勢いで4,5人の仲間が駆け抜けていく。先頭の緑ジャージはおそらくTanyさんだ。背中で綺麗なアーチを描きながらモミさんも駆け抜けていく。割りばしを振り上げて大きく振ってみるが全く気が付かれない。集中して走っているのだろう。そうに違いない。うん。オーラがないからな、自分。とか考えない。

それにしてもこのお二人とは良く会う気がする。最初のポイント、洲崎灯台までは一緒に走っている。まあ、僕はずっとトレインの最後に連結していただけなんだけれど。

モミさんは綺麗なフォームでぐんぐん走る印象だ。Tanyさんは全くブレも力みもないフォームで淡々と走ってるのに、いつの間にか彼方に去っている感じ。いずれにせよ相当強いお二人だ。それに比べると、僕はどうも体のあちこちにいらない力が入りすぎている気がする。背中のアーチなんて出た試しがない。フォームの改善は課題だな。それにしてもお二人もそうだが、他の仲間も相当強い。僕は旅の前半は、モミさんや、ヲレさん、モリさん、OPEさん(ごめんなさい、本当はもっと沢山の列車に乗ったはずだ)が牽くトレインを乗り継ぎながらの楽チン旅行だった。ショップの練習会に参加すると、大抵先頭は30秒、長くても1分くらいで交代していたが、サバンナでは強い者がものすごく長く牽くのが掟らしく、結局僕が牽く場面は回ってこなかったのだ。僕が牽くのがヘタで、すぐトレインを切ってしまうというのもあるのだけれど・・・。

あっという間に地平線の点になった仲間を背中を見送ると、僕はカップラーメンの汁をずずずっと最後の一滴まで胃に送りこんだ。残りはあと30km程度。これが最後の休憩になるだろう。ここまでの平均時速は29km/hを超えていて、信号付き、向かい風付き、アップダウンのおまけ付きの一般道を走っているとはちょっと信じられない記録だ。前半のトレイン作戦と、後半一人旅になってからも幾度もすれ違った仲間に背中を押されたからだろう。
独りだけど独りじゃない。不思議だけど心地よい感覚だ。

風は未だに進行方向から吹いているけれど、ここまできたらむしろ最後まで吹き付けてほしい。それでこそサバンナというものだ。


僕はSPDクリートをカチリとペダルにはめ込むと、もう彼方に消え去って既に見えない仲間の背中を追って、30号上に漕ぎ出した。


その3へ続く。


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