ある朝のヒトコマ


朝5時。
ピコピコとなる携帯のアラームにせかされて僕は布団から這い出る。カーテンの向こうは薄っすらと明るくなっていて、今日もいい天気になりそうだと教えてくれる。少し前までは真っ暗だった。季節が少しずつでも確実に巡っているのだ。長くて寒くて暗かった冬は終わった。
あのきれそうな冷たさの中を、寒さに負けぬよう顎をぐっとひいてペダルを踏むのもそれなりに楽しかったけれど、やはり暖かいに越したことはない。身軽になれるし、なにしろ寒さのあまり命の心配をする必要がない。
念のためカーテンをめくり青空を確認すると、僕はキッチンに移動する。
朝ごはんと弁当は自分で作る。別にそういう約束ではないけれど、この時間の朝ごはんを頼むのはさすがに気がひける。たいした物を作ろうとしなければ時間もかからないことも、自転車通勤をしてから学んだことのひとつだ。
フライパンにといた卵を落としながら、鍋でほうれん草を煮る。電子レンジでいくつか冷食を解凍し、ちょっと待てばもうおかずは完成だ。味噌汁に鰹節から出汁をとるのは休日オンリーの贅沢だ。平日は出汁の素で事足りるし、なにしろ早い。

タイマー予約で炊いたご飯を食べながら、メールとブログをチェックする。溜め込んだ仕事があればついでにこなす。
僕は朝型だ。
残業はよっぽどのことがなければやらないし、やっても効率良くない。正直残業するくらいなら、朝4時に出てみなが業務を始める3時間前に片付けたほうがよっぽど効率が良い。そうは言っても残業・徹夜せざるをえない場合もあるのはサラリーマンの宿命か。日本のお父さんは頑張っている。


朝6時。
そろそろ出かける仕度を開始する。携帯、弁当をウェストバックにぎゅっと押し込み、ジーパンの裾を巻き込み防止兼反射材のベルトでとめる。ジーパンで勤務できる環境も僕を取り巻く奇跡的な好条件のひとつだ。スーツなら、着替えでバックパックを膨らませざるをえない。

ボトルに水と最近お気に入りの水で飲めるプロテインを入れボトルゲージに差す。輪行袋、ライト、サイコンがしっかり取り付けられている事を確認すると、最後に家族に安全運転を誓いヘルメットの顎紐を締め、玄関を出る。

自転車通勤を始めて半年が経ったけれど、未だに出発するときは緊張する。片道50kmはやはり長い。もう一度この玄関をくぐれるかどうかなんて誰も保証してくれない。電車通勤の方が安全なんて百も承知だ。
でも川沿いのCRをもくもくとクランクを回しながら駆けるあの快楽は、ちょっと他のモノとは比較できない。いつの間にか僕にとって通勤は、通勤ではなくなってしまった。2時間ちょっとの小旅行を毎日やっている感覚だろうか。何度やってもドキドキする。


太陽が背後から僕を照らすので、影がぐっと前に伸びる。いつもお供はこの影だけだ。影に今日も一緒に安全運転で無事帰ってくるぞとつぶやき、そろそろまどろみの中から起き出そうとしている住宅街に、そっと漕ぎ出した。



□4月の累計:1,477km
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