ツール・ド・草津 レース 序盤 - 中盤

  • 序盤戦

計測開始ラインを視界に捕らえ、それまでのエコドライブから一気にレースモードに切り替える。
ラインを超えた瞬間は30km/h超。周りのローディはまだまだ様子見のペースなため、かなりの速度差がある感じだ。ルール上は左側通行が義務付けられていたがあまりに危険なため右車線から追い越しをかけていく。
徐々にヒルクライムの斜度となるが、まだ斜度がゆるい故か、初ヒルクライムの興奮故か、23km/h程度を維持しながら緑に囲まれた白根山へと続く綺麗な道を駆け上っていける。
心拍は170台を維持。毎週行われるショップの練習会では1時間はこの心拍で引きずりまわされているから、決して高すぎる数値ではない。
そうは言っても序盤戦。本来は様子を見なければならないのかもしれないが、僕は心ひそかにタイムの目標を持ってこのレースに臨んでいた。他人から見ればあまりに無謀なそれは40分切り。
これを達成するには平均時速19.5km/h以上で山道を上り続けなければならない。温存なんてしている余裕はないのだ。行けるところまでぶっ飛ばす。ペース配分は考えない。もし駄目なら・・・僕はそれまでの自転車乗りだったということだ。
僕は初ヒルクライムの興奮に酔いながら、左右にうねって幸か不幸か先が見通せない山道を駆けていった。



  • 中盤戦

幸いにして足は回っていた。心肺もギリギリの所で有酸素運動と無酸素の均衡を保っているようだ。速度も20kmをかろうじて維持している。だけど苦しい。足が重い。背筋が軋む。息をひとつ吐く度に、つらいと声を出さずに唱えてしまう。いやひょっとしたら声に出ていたかもしれない。ひとつの区切りである殺生河原にすら達していないのに、この苦しさはなんだ。ヒルクライムが楽しいなんてっぱちだ。結局のところこれは自分という重りを背負った苦痛に満ちた頂上への道行き。マゾヒズムの極致じゃないか。
参加したのは失敗だった。温泉に入ってビールを飲んで、ちょっと湯畑周り観光したらとっとと帰れば良かったんだ。なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ。もう2度と参加しない。絶対くるものか。だから、もう2度と参加しないから、神様、今回だけは・・・。

事前に仕入れた情報では草津は割りと緩急の少ない一定の斜度が続くという事だったが、実際走っている身からすればそんな事はない。ほっと一息つける緩斜面があれば、這うようににじり登るしかない急斜面も存在する。
ようやく殺生河原を過ぎたあたりでまた急斜面がやってきた。速度は一気に15km/h台まで落ちる。ただ、まだ抜きはしても誰にも抜かれていない事だけを心の支えに登っていた。ようやく緩斜面だ。踏まなければ。加速しなければ。あれ、どうした自分。踏めよ。踏みつけろ。また20km/hに戻さなきゃ。でもなんで20km/hで走らなきゃならないんだっけ・・・。

この辺から僕の平均速度は17km/hくらいに落ちてきた。心拍は相変わらず170台だったからサボっていたわけではないと思う。だけどもっと頑張れなかったのか、と言われれば頑張る余地があったような気がする。だけど踏めなかった。


要するに、僕は自分に負けた。目標を放り出してしまった。


ついに何人かに抜かれだす。たぶん2,3km/hの違いだと思うけれど、主観的にはものすごい速度差で彼らは駆け上がっていく。さっきまでの僕もああだったのだろう。でも、もう無理だ。
目標が達成できない事が明らかになったのだから、もうリタイヤしても良かったかもしれない。
だけど、僕の前にも後ろにも頑張っている人達がいる。ここで投げ出すのはあまりにカッコ悪すぎる。
なによりも、仲間がこのつらい時間を共有しながらともに頑張っている。
逃げられない。


僕はちっぽけなプライドだけを支えになんとか坂道を這い進んでいった。


続く