42日ぶりの自転車通勤(後編)

まだ夜と言ってよい闇の中をほとんど無音で進んでいく。よかった。どうやらロードの乗り方は忘れていないみたいだ。
家を出てすぐのところにある、坂ともいえない坂を立ち漕ぎしながら登る。


はっ、はっ、はっ、はっ、はっ。


ひと踏み毎に一息もれる。走る時とはまた違う息遣い。これだ。僕はまたロードの世界に戻ってきた。
怪我をした手首が少し痛いけど耐えられない程じゃない。これならなんとかなるだろう。


それにしても、フレームもコンポも換えたのだから、すごく乗り味が変わるのだろうかと期待していたのだが、ほとんど感じない。
以前と同じくひたすらスムーズに僕の力を推力に換え、前へ前へと進んでくれているという実感だけだ。
違いといえば、せいぜいトップチューブに擦れるように漕ぐ僕のペダリングのせいで、その形が丸型から角型に変わったことを感じるくらい。
KLEINのトップチューブは丸型だったからあまり気にならなかったが、角型のオルカのトップチューブだと一点に摩擦が集中して塗装が剥げるかもしれない。


どちらかというと、乗り味よりも、一ヶ月もの間自転車から離れていたことによる違和感が気になる。
KLEINと同じポジションのはずなのに、ハンドルが低くて遠すぎる。ハンドル幅が少し狭い気がする。ペダリングがぎくしゃくして90rpm以上で回せない。


ついでに言えば、DURA-ACEの凄みもあまり感じない。
フロント変速の重さはほとんどアルテと変わらないし、変速の正確さもアルテより優れているとは感じない。結局のところ変速に一番大事なのは、ちゃんとメンテナンスをして乗ることなんだろうと思う。
ただひとつ、トリミングをしなくてもフロントディレイラーとチェーンが擦れないのはわかった。ただこれはインナーからアウターに上げた時に無意識にトリミングするクセが付いている身としては、トリムしているつもりが即インナーにチェーンが落ちて、あれ?という感じだった。なかなかうまくいかないものだ。


道はいつか市街地を抜け川原沿いのCRに入る。風はない。いつもなら35km/h程度、調子が良い時には40km/hくらいで走っていたのに、30km/hを維持するのがやっと。それでも呼吸が変な感じで、のどからヒューヒューと音が出る。なまった肺がぜんぜん運動強度に追いついていないんだと思う。


元に戻るまでどのくらいかかるんだろう?


そのせいで、あまり負荷が上げられないため筋肉的にはまだ余裕がある。足の筋肉が毎日の自転車通勤に耐えられるようになったと実感するまで、2年が必要だった。鍛えるのに時間がかかった分、衰えるのもゆっくりだといいんだけれども。




江戸川CRに入り少しずつ空に色が付き始める。ひさびさに経験する夜明けの色だ。肺はつらいし、ペダリングはぎくしゃくしたまま、ポジションはまるで借り物の自転車のごとくしっくりこないけれど、ひとつだけ変わらない事がある。


それは、自転車通勤できることの喜びだ。


走っていると自然に頬が緩む。にやけ顔になる。なんだろう?脳内麻薬効果なんだろうか。ペダルを踏みながらただひたすらに進み続けるという行為がこれほど楽しいとは。

50kmの自転車通勤なんてバカなことがまたできる喜びを静かにかみ締める。また自転車に乗れる程度の怪我で本当に良かった。あの一瞬、僕はなんの回避行動もとっていなかったから、シフターと車のドアの間に指が挟まって指がなくなっていた可能性もある。宙を舞った後、打ち所が悪ければ首をやっていたかもしれない。多少手首が痛い程度で済んでいるのはほんの偶然だ。


今僕がこの場所に戻ってこれた奇跡に心の底から感謝する。乗れない間のフラストレーションをぶつけるかのように、自分には不釣合いな程ハイスペックな自転車を組んでしまったけれど、本当は自転車なんてなんだっていいんだと思う。ポジションが出ていて、ちゃんとメンテナンスが行き届いていれば、エントリレベルのロードでもおつりが来るだろう。
大事なのは、毎日この場所を走れるという事実だ。走る喜びを感じられることだ、と思う。
僕はまた事故に会うかもしれない。環境が変わってスーツ通勤になるかもしれない。


でも、また必ずこの場所に戻ってこようと思う。だってこの場所こそが僕の居場所であり、ようやく見つけた約束の地なのだから。




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