風のツール・ド・草津

山肌を吹き下りて来る冷たい風が、僕の首根っこを掴んで坂道から引きずり降ろそうとしている。
ペダルが重い。目の前の斜度はおそらく6%程度。それほどきつい坂ではない。だけど僕はまるで不動峠ラストの10%看板の前を行くがごとく、左右の足を泥沼から引き抜かねばならなかった。物凄い風がヒルクライムの難度を上げているのだ。
気を抜くとサイコンには一桁の速度が表示される。ケイデンスは50以下。
なんてこった。インナーローが39-23Tじゃ重すぎだ。もうギアがないのは解っているのに何度も右手がシフターを押し込もうとしてしまう。
来年は25Tを付けてくるか。いや待て、おまえの目標は40分切りだろう。平均速度19キロ以上でこの道を駆け登ろうとしている奴が最初から敗北宣言に等しいギアを付けてどうする。



コースの半ば、殺生河原を過ぎるまではほぼ計算通りだった。渋滞を避けるため、最前列からスタートし早い人のトレインに乗る。ただし絶対自分の限界を超えないように細心の注意を払って自分の体が発する声に耳を傾ける。

僕の前を行く人はほぼ理想的なペースメーカーだった。
17キロから20キロ程度の範囲で斜度に合わせ速度を変えながら淡々と雪壁に囲まれた綺麗な道を登って行く。間違っても去年の僕のような25キロなんてバカな速度は出さない。きっと経験豊富なクライマーなのだろう。
行けるところまでこの人に着いて行こうと心に決める。


計算が狂いだしたのは殺生河原を過ぎ視界が開けだしてから。たまにハンドルを捕られるほどの突風が正面から吹き付けてくる。風がプラスされて斜度が上がる。斜度が上がれば、ダイエットに失敗し体が重い僕にはさらにしんどくなる。


ここまで僕を牽いてくれた人から少しずつ距離ができ、やがて視界から消えた。ここでは僅かな速度差が決定的な戦力差を意味する。僕とあの人の間には見た目以上に力の差があったということだ。
独りで淡々と風吹きすさぶ山道を登りながら、先頭スタートしたから、もう後は抜かれるだけだろうと考え少しウツになる。
実際何人にも抜かれた。当然だ。僕はたまたま先頭スタートしただけで後ろに僕より速い人はごまんと居るはず。なんせ参加者は2千人以上だ。


が、少し行くと驚いたことにチャンピオンクラスのゼッケンをつけたクライマーが道の先からこぼれてくる。3分ほど前にスタートした別次元の人達だ。
そうか、つらいのは僕だけじゃない。みんなこのクソッタレな風に苦しめられているんだ。
ごく当たり前のことに気が付き自分を叱咤する。体はまだ余裕があるようだ。だけど速度は全然出ない。しょうがないこの風だ。去年の自分との勝負はお預けにして目の前の坂に集中しよう。

しばらく行くとゴールまで残り3キロの標識が現れる。もうたった3キロか。すでに売り切れていた去年にはなかった感覚。目をあげると、スタート前に速そうだなぁ…と遠くから眺めていたチャンピオンクラスのナルシマジャージ2両トレインが見えた。あんなに速そうな人達が手を伸ばせば届きそうなところに居る。

俄然やる気になった僕は風に抗うようにダンシングして加速する。ついに後ろにつき、並び、追い越した。
いい気分だ。

ついにゴールまで1キロの目印。昨年はここから猛ダッシュしたはず。しかし今は15キロ程度がせいぜい。予想以上に足を削られたのか風が斜度を上げているのか。
路肩からたくさん声援の声が飛ぶ。嬉しい。だけど足が回らない。

ヒーヒー言っていると右側からさっきのナルシマジャージが追い越して行った。スピードが乗っている。先程までは抑えていたのか。今度は追いつけない。

やがてコースは平坦にそして直線になり、僕は淡々とゴールへ吸い込まれていった。


タイムは手元の時計で46分ほど。風のせいもあるが目標にはほど遠い。でも思ったより悔しさは感じなかった。

それはたぶん僕がおそらくこの結末を予期していたからなんだと思う。たった1時間弱のヒルクライムだけど、本当はそれは氷山の一角だ。
スタート地点たどり着くまでに、強い人はトレーニングの山を登り、減量の山を登り、そしてこのスタートラインに並んでいるのだ。
僕はそのヒルクライムの途中で何度も足付きした。それが結果として現れている。それだけのことなのだ。


大事なのは日々の積み重ね。日々の積み重ねは、すなわち人生。
ヒルクライムなんだよ人生は。


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リザルト
タイム:46分10秒48
男子B:42位/752人
総合:113位/2,266人




自転車部門で13位

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